2015年05月22日

満子の中に入

満子の中に入
そう怒鳴る智代の声は届かず満子は獣のような声を出して泣いた。そんな満子の様子を震えながら見ていた紗江子は無意識にお腹に手をやっている。まるで庇うように。顔を上げた満子が紗江子のその様子に震えながらお腹に視線を向ける。そこには少し膨らみ始めたなだらかな曲線が見えた。満子はさらに目を見開く。

「あ、あなた・・まさか・・・!」

満子は信じられないような顔で開いたままの口に手を当てる。

「まさか、そ、そんな事・・・あ、あの人は・・知っているの。」

紗江子は目を開ける事も出来ない様子でただ泣きながら首を横に振る。

「そうだ、だから早く殺してしまえ!お腹の子もろとも始末してしまうんだ。」

だが智代のその言葉とは反対に満子はゆっくりと立ち上がるとドアの方へ向かった。

「そんな事・・・そんな事・・ある・・はずが・・・。」

「何をしている、どこへ行くんだ!この女に止(とど)めをさせ!」

「馬鹿な・・そんな事、ある、はずが・・・。」

だが満子はそんな独り言を繰り返すようにしてよろよろとした足取りで部屋を出て行った。目の前で起こっている事が満子には信じがたく、とても受け入れる事など出来ないことであったのだろう。智代は慌てて満子の中に入って引き戻そうとしたが弾き飛ばされてしまった。智代が満子の中に入れるときは満子の中に紗江子への憎しみが満ちている時である。その憎しみが智代を引き入れる。だが今、知った事実は憎しみなど遥かに超えてしまい、満子を極限状態へと追いやった。それは満子の精神さえも崩壊させてしまうほどの衝撃だったのだ。何も考えられなくなった満子の中に智代は入り込む事が出来なかった。皮肉な事にこの事実が満子の中に憎しみより人の持つ悲しみや憤りという感情を呼び起こしたのかもしれない。

(ちっ、肝心な時に!何だって言うんだ!)

いつもいつも上手く行かない。もう少しで紗江子をこの世から消し去る事ができたのにどうしてこうもいつも思い通りに運ばないのだと智代は思う。



Posted by loeiko at 15:01│Comments(0)
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